それは、どこで起きている?

【意識変容】探求日記



頭の中のおしゃべりが静かになって、シーンとした静寂の時間が増えてくると。


ただただ
呼吸している、それだけが気持ちいい。



もう、瞑想で光のイメージを使うとか、イメージを使った呼吸法とか⋯⋯
そういう「イメージ」を使う必要がなくなってきました。



からだに意識をおろして、イメージではなく、意識でからだを撫でるように、からだの様子を感じる。


それが、とーっても心地いいんです。




もう思考の中身にはあんまり興味がなくなってきました。

すると自然と、「本当のこと」に触れたい、「たしかなこと」だけを見たい、と思うようになりました。






ある日、外を歩いていた時のこと。


少し離れた場所に、マンションらしき建物が見えました。

いま、目にその様子が映っている、それは、たしかな事実です。


ただ、この建物が「本当にあるかどうか」って、それはわからないな、って気がしたんです。

それは問題じゃないんだ、とも思った。



大事なのは、この建物が本当にあるのかないのか、ではない。



何歩か近寄ってみて、触ってみると壁のザラザラした感触がありました。

赤茶色のどっしりした建物の、その様子が目に映っていること、そして、手に触れたザラザラしたその感触。

それだけが、たしかな事実なんだ。



これって、例えばだけど……


前世がどうとか、波動がどうとか、引き寄せ、シンクロ、潜在意識、幽霊など、そんな系の(私はスピ大好きなのでこういう類の話題は大好きなんだけど)

それがあるのかないのか、って話とも同じような気がするんです。


外側に、それが実際あるのかないのか、の答えを求めがちだけど、それは重要なことではない。

それがどこに現れているのか、が大事だと思うのです。



それは、すべて、私の内側だった。




そう気づいた時、なんだかとっても胸の辺りがクリアになって、軽くなった感覚がありました。


パラパラパラ~っと、透明な鱗が風に乗って取れてく感じ。





記憶とか知識とか、過去からの関係性とか、当たり前にくっついてた概念みたいなものが外れて、とにかく軽いんです。


もうね、これが、めっちゃくちゃ気持ちいいの。



瞑想も気持ちいいんだけど、瞑想って、一人になれる時間と場所を確保する必要があるし、継続が難しかったりもする。

でも、ありふれた毎日の日常生活の中に、「たしかなこと」はたくさん見ることができるはずだと思った。




ただそれは、めっちゃ地味で、めっちゃ当たり前で、めっちゃフツーのことでした。


目に映るそれ。
聞こえてくるその音。
手に触れているその感覚。
足の裏に触れているその感覚。


そんな当たり前のことを、見る。感じる。



ただそれだけのシンプルなことが、どれだけ素敵で、大切で、愛しいことか、気づいた。






大事なのは、それがどこで起きているのか。

すべて、私の内側で起きているんだ。




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